予定通りに進んだことが、一つもない一日

一時間、何も釣れなかった。

ようやく当たりが来たと思ったら逃げられた。次に上がってきたのは流木だった。

それでもこの日は、うまくいった一日になった。

『トム・ソーヤーの冒険』第23話「ナマズ釣りの日」の話である。

お茶会に誘われて、断られたところから始まる

ヒロインのベッキー・サッチャーは、町にやってきた判事の娘だ。夏休み、彼女がトムを誘う。「私の家でお茶を飲みましょう」

トムは乗り気ではなかった。川で泳ぐこと、木に登ること、宝を探すこと。彼が好きなのはそういう時間で、座ってお茶を飲むのは学校で座っているのと同じくらい退屈に思えたのだろう。

会話はこう続く。

「どこへ行くの?」
「ナマズ釣りだよ」
「私も行くわ」
「君、ナマズ釣ったことあるの?」
「ないわ。教えてちょうだい」
「お茶会はどうするの?」
「お茶会は断るわ」

自分が用意した場所を捨てて、相手の側へ行った。判事の娘が、泥だらけになるかもしれない場所へ。

しかも「教えてちょうだい」と言えるところがいい。知らないことを知らないと認めて、教わろうとする。プライドを一切持ち込んでいない。

ただし、バスケットの中身は変わらなかった

当日、彼女は一張羅で現れた。淡い緑のワンピース、麦わらの日除け帽、そして膝の上にバスケット。

汚れることを想定していない格好である。

そのバスケットが、あとで開く。

バスケットの中身
サンドイッチ、りんご、チーズ、クッキー、そしてケーキ

サンドイッチは紙で包まれ、クッキーは木箱に詰められ、ケーキには紙が敷いてある。崩れないように順番を考えて詰めた形跡がある。

そして釣り道具は一つも入っていない

竿も、餌も、バケツも、汚れてもいい服も。本当に何も知らないのだ。「ナマズ釣ったことあるの?」「ないわ」は文字通りの意味だった。

代わりに、自分が知っている「人と出かけるときに必要なもの」を全部詰めてきた。わからないことを、わかっている方法で埋めた。

彼女はお茶会をやめたのではない。お茶会を川に持っていくことにしたのである。

特にケーキが決定的だと思う。持ち運びに一番向かない食べ物だ。クリームがついているし、揺らせば崩れる。それでも入れてきた。豪華にしたかったのだろう。

一時間、何も起きない

そして釣りが始まり、何も釣れない。

これは演出として思い切っている。普通なら大物が来る。あるいは糸が切れる。何かが起きて話が転がる。何も起きなかった。 ただ時間が過ぎて、ベッキーが飽きた。

実際、これが釣りの実態でもある。ナマズは待つ魚で、夕方から夜のほうがよく釣れる。真っ昼間に初心者が一時間で釣れるほうが珍しい。

トムにとっては、釣れない時間も含めて釣りだ。退屈という発想がない。

ベッキーは違う。彼女が来た目的は、たぶん魚ではなかった。バスケットの中身がそれを示している通り、一緒に過ごすことが目的だった。

でも釣りは会話を必要としない。じっと座って糸を見る。トムは満足していて、ベッキーは手持ち無沙汰になる。

お茶会なら、ずっと話していられたのに。

惜しい、そして流木

ようやく当たりが来る。ハックの針だった。

三人の中で、川で食べ物を得ることに一番慣れているのはハックである。生活がかかっている側なので、順当ではある。同時に、食べ物目当てでついてきた子の針に食べ物がかかったという構図でもある。

あと少しというところで、逃げられた。

続いてトムの糸が引く。期待が高まる。上がってきたのは流木だった。

ベッキーが大笑いした。

この順番が上手い。一度「本物がかかる」を見せてあるから、次も魚だと思ってしまう。その落差で笑いになる。逆だったら成立しない。

そして、釣れなかったから彼女は笑えた。立派なナマズが上がっていたら、「すごいわね」と感心する側に回るだけだった。流木なら一緒に笑える。しかも笑いの対象がトムなので、遠慮なく笑える。

「気になってしょうがない」

ここでハックが「気になってしょうがない」と言う。

ベッキーの笑い声のことだと思ったのだろう。彼女は「もうおしゃべりをやめます」と気を遣った。

ハックの返事はこうだった。「いや、そうじゃなくて、バスケットの中身が気になるんだよ」

気になっていた対象は、人ではなく食べ物だった。

思えば彼は最初から一貫している。ベッキーがついてくるのに乗り気ではなかったのに、バスケットの中身を聞いてから態度が変わり、荷物まで持ってあげた。道中で「その服、とてもよく似合ってるよ」と褒めたのも、おそらく地続きである。

それでも嫌な感じがしないのは、隠さないからだと思う。下心を持ちながら、その下心を取り繕わない。もしここで「君のことが気になって」と嘘をついていたら、途端に不愉快になる。

主人公のトムは平気で嘘をつく。ハックは嘘をつかない。下心すら正直に言う。礼儀作法を教わる大人が一人もいなかった子のほうが、言葉に嘘がない。

そして、ベッキーが川に入った

釣れないなら、捕まえればいい。

彼女は裸足で川へ入り、帽子でナマズをすくった。

帽子でナマズを捕まえる瞬間
水しぶきの中、本人が一番驚いている

誰も教えていない方法である。竿でも餌でもなく、帽子。

朝の会話を思い出してほしい。「君、ナマズ釣ったことあるの?」「ないわ。教えてちょうだい」

教わる立場で来た子が、誰も教えていない方法で獲った。

一時間釣れず、ハックは逃がし、トムは流木を釣り上げた。三人の中で唯一、獲物を手にしたのが初心者の彼女だった。

帽子の中を見せるベッキー
膝から下の色が変わっている

服が濡れている。朝、汚れることを想定していなかったあの一張羅のままだ。

誰にも頼まれていない。自分から入った。

帽子を挟んで向かい合う二人
同じものに、二人の手が触れている

遠くから見ていた子

そしてハックは、それを離れた場所から温かい眼差しで見ていた。

バスケットの中身しか頭になかったはずの子が、輪に入っていかない。食べ物には正直に手を出すのに、この場面では下がっている。空気を読んで、邪魔をしない位置にいる。

礼儀作法を誰にも教わっていない子が、一番デリケートな判断をしていることになる。

判事の娘が、父親のことを聞いた

この日、もうひとつ静かな場面がある。

ベッキーがハックに、彼の父親のことを尋ねたのだ。

これは軽いことではない。ハックの父は町の飲んだくれで、息子に暴力を振るい、町中から見放されている。町の親たちは、ハックを「付き合ってはいけない子」として分類している。その筆頭が判事の家だろう。

その家の娘が、正面から尋ねた。彼女はその分類を、自分では採用していない。

普通なら避ける話題である。触れれば傷つけるかもしれない。それでも聞いたのは、相手を噂の対象ではなく、一人の人間として扱っているからだ。

ハックの答えはこうだった。

「トムはとてもいいやつだ」

自分の父親を聞かれて、まずトムを褒めた。話をそらしたのかもしれない。それでも、自分の惨めな話にはしなかった。

そして続けた。

「普通の家のお母さんは俺と遊ぶのを嫌がる。でも大体みんな、俺の友達さ」

ここに全部入っている。拒絶されている事実を正確に認識していて、誤魔化していない。それでも卑屈になっていない。恨みも自己憐憫もない。そして、子供たちの側では友達だと知っている。

彼が夜中に忍び込むようにしてトムを訪ねる理由も、これで分かる。堂々と訪ねていける家が、一軒もないからだ。

そしてそれを、被害として語らない。

たぶん、誰も彼に父親のことを聞かなかったのだと思う。町の大人は噂で済ませ、子供たちは触れない。判事の娘だけが、普通に尋ねた。

孤立している人間に必要なのは、同情ではなく、普通に質問されることなのかもしれない。

期待を降ろした子供

この子には、どこか達観したところがある。

大人に嫌われていると知っていて、改善しようとしない。父親がろくでなしだと知っていて、恨み言を言わない。貧しさを「久しぶりに良いものが食える」と笑って言う。好きな子と楽しそうにしている二人には、近づかない。

世界が自分に良くしてくれるとは思っていない。

だから恨まないし、僻まない。恨みは「本来はこうあるべきなのに」という期待の裏返しなので、期待していない人間には生まれない。

ただし諦めとは違う。朝早く起きて果物を採り、釣りをし、荷物を持ち、友達を心配する。動くべきときは動いている。手放しているのは意欲ではなく、期待のほうだ。

12歳でそこに到達している理由は、たぶん、そうしないと壊れたからだと思う。怒りは相手が変わる見込みがあるときにだけ機能する感情で、変わらない相手に向けた怒りは自分を焼くだけだ。

生き延びるための技術として、期待を降ろした。

トムがハックに憧れるのは、この身軽さだろう。トムには失うものがある。ポリーおばさんの評価、学校での立場、ベッキーにどう見られるか。だから嘘をつくし、見栄も張る。ハックには何もないから、取り繕う必要がない。

帰り道

夕焼けの中を帰る三人
影が長く伸びている

夕焼けの中、トムがこう言う。

「その服と靴、お母さんに叱られないか」

これを言ったのは、彼だけだった。

ハックは「よく似合ってる」と褒めた。ベッキー自身は、川に入るとき服のことを考えていなかった。トムだけが、この後のことを考えている。家に帰った彼女が母親の前に立つ場面まで、想像している。

ハンカチのときは「汚したら悪いから」だった。目の前の物への遠慮である。今回は違う。自分の見ていない場所で起きることを心配している。

しかもその場を楽しませる言葉ではない。むしろ水を差しかねない指摘だ。それでも言った。

川へ行こうと決めたのはトムの側である。その結果、彼女の服は濡れた。自分が原因で相手が困るかもしれないことを、ちゃんと自覚している。

嘘つきで身勝手だと思っていた少年の話である。

家の前で犬に迎えられる
日常に戻る一瞬

家に着くと、大きな白い犬が迎えに来た。

犬が出てくるのがいい。感傷的になりすぎない。飼い犬が寄ってきて、彼女が頭を撫でて、その一瞬でこの一日が日常に戻っていく。

朝、船着き場に一人で座っていた女の子が、夕方には犬に迎えられて家に帰る。

そして、この場面にハックはもういない。家がある子たちは家に帰る。彼はどこへ帰るのか。 誰も言わないし、映しもしない。

予定通りに進んだことが、一つもない

整理すると、この日はこうだった。

お茶会は流れた。一時間釣れなかった。ベッキーは退屈した。ハックは逃がした。トムは流木を釣った。一張羅は濡れた。

うまくいったことが一つもない。

それなのに、ナマズは獲れて、バスケットは空いて、三人で笑って、帰り道は夕焼けだった。

こういう一日を、名作劇場はよく描く。劇的な事件も、教訓も、成長の宣言もない。予定が崩れて、崩れたまま楽しかった、という日である。

そして例によって、何も説明されない。「ベッキーは幸せだった」とも、「三人の友情は深まった」とも言わない。

濡れた服の裾と、空になったバスケットと、長く伸びた影が置かれているだけだ。

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